寄付の歴史を振り返る

画像: 寄付の歴史について

社会貢献の1つの手段でもある寄付。
きっと、寄付はいつから行われているのか、その歴史について知りたいと思っている方も少なくないのではないでしょうか?

日本で寄付の概念が生まれたのは奈良時代
治水を始め、橋や道路の建設といった公共事業のため、仏教僧が「奉加」という寄付を集めたのが始まりとされています。

それ以降、主に宗教の信徒から寄付は広まっていき、時代は中世へと移り変わります。
日本における中世は、自身の力でのし上がっていく自力救済の時代でした。
この時代に、宗教的な背景を持たない「頼母子講」という寄付のシステムが生まれたそうです。

新たな寄付のシステムを生み出した中世の時代は終わり、約400年前の江戸時代。
江戸時代の大阪(大坂)では、「きたのう貯めて、きれいに使う」という寄付の基礎的な精神が生まれました。
こういった歴史を経て、日本の寄付の文化が培われてきたという訳です。

今回は、日本における寄付の歴史について、時代ごとに振り返りながら解説。
「奈良時代まで」・「中世~江戸時代」・「明治以降」の寄付の歴史をひも解いていきます。

日本に寄付の文化を広める上で、その歴史を知っておくことは大切。
どんな歴史を経て現代の寄付に至ったのか、しっかりと把握しておきましょう!

日本における寄付の歴史について

ここでは、日本の寄付の歴史を時代ごとに振り返っていきます。
「奈良時代まで」・「中世~江戸時代」・「明治以降」の寄付の歴史を紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。

奈良時代まで

画像: 奈良時代までの寄付の歴史

歴史を振り返ると、日本に初めて寄付の概念が誕生したのは奈良時代と言われています。

ただ、概念が生まれる前から、寄付に近い考え方はありました。
それが、「托鉢(たくはつ)」というものです。

托鉢とは、仏教僧が修行の一環として経文を唱え、お金や食べ物の施しを受けるというもの。
意味の通り、寄付と近い特徴を持っていることがわかります。

この托鉢の歴史は非常に古く、飛鳥時代の仏教伝来とともに中国から渡ってきたとされています。
そのため、奈良時代よりも前から、寄付に近い考え方はあったということです。

時代は移り変わり、約1,200年前の奈良時代。
治水を含め、橋や道路などの建設といった公共事業を進めるに当たり、民間人から「奉加」という寄付を集め始めました。
これが、日本で初めて誕生した寄付の概念だそうです。

中世~江戸時代

画像: 中世~江戸時代まで

奉加という寄付の概念が生まれた奈良時代から、時代は中世へと移り変わります。

中世は権力争いが激化した時代。
それもあり、中世は実力でのし上がる自力救済の時代であったと言われています。

そんな時代に生まれたのが「頼母子講(たのもしこう)」という寄付のシステムです。
中世以前までは宗教色が強かった寄付ですが、頼母子講はそうではありませんでした。

頼母子講とは、村単位といった小さな集団の中で金銭を貯め、貯めたお金を貧困者に順番で配るというもの。
奉加とは違い、宗教的な背景を持たない寄付のシステムのことです。

また、中世には「金持ちは道徳的に優れていなければならない」という「有徳思想」が生まれました。
この思想が生まれたことにより、有徳人と呼ばれた富裕層たちは、その富を積極的に社会へ還元。
結果として、日本で寄付が爆発的に広がったそうです。

それから時代は変わり、約400年前の江戸時代。
江戸時代の大阪(当時は大坂)では、「きたのう貯めて、きれいに使う」という精神が美徳とされていました。

これは、商売の勘定と公共に使う寄付の勘定は別物という意味。
商売では汚いほどに無駄を省いて倹約を重ねるものの、商売から離れれば世のため人のためにできることをするべきというお金との付き合い方を表しています。

実際に、大阪にある八百八橋は、町人の寄付によって建てられたと伝えられています。
このような歴史的背景があったからこそ、日本で寄付が広まっていたのです。

明治以降

画像: 明治以降

維新をきっかけに明治時代になり、社会の構造は大きく変化しました。
それにより、明治以前まで中心であった相互扶助のシステムに変わって寄付が盛んになったそうです。

第二次世界大戦の前は、日本国内における福祉の大部分を皇室や財閥が負担。
なんと、民間の福祉施設の約30%が皇室・財閥による寄付で運営されていました。

しかし、第二次世界大戦の敗戦により、またしても社会構造が大幅に変化。
福祉国家が理想となったことで、「福祉は国が責任を持つべき」という認識が広まり、寄付の相対的地位は下がってしまいました。

これを理由に、現代に至るまで日本の寄付文化は十分に浸透しているとは言えません。
日本の寄付市場を成長させるためには、相互扶助の重要性を再認識する必要があるのではないでしょうか?